ヒューストンスポーツオーソリティ
Harris County – Houston Sports Authority
目次
ヒューストンの概要
ヒューストン(Houston)は、テキサス州の南東部に位置し、アメリカ国内第4位の人口約230万人(2022)を誇る北アメリカでも有数の都市である。人口約480万人(2022)でアメリカ国内第3位のハリス郡(Harris County)における郡庁所在地でもある。アメリカ航空宇宙局(National Aeronautics and Space Administration:NASA)のジョンソン宇宙センターがあり、アメリカの宇宙開発の拠点としても知られている。スポーツでは、MLBに所属するヒューストン・アストロズ(Houston Astros)の本拠地であるミニッツメイド・パーク(Minute Maid Park)、NBAに所属するヒューストン・ロケッツ(Houston Rockets)の本拠地であるトヨタ・センター(Toyota Center)、MLSに所属するヒューストン・ダイナモ(Houston Dynamo FC)の本拠地であるシェルエナジー・スタジアム(Shell Energy Stadium)、NFLに所属するヒューストン・テキサンズ(Houston Texans)の本拠地であるNRGスタジアム(NRG Stadium)といったプロスポーツチーム及び施設が多数位置している。




設立経緯と経済効果
ヒューストンのスポーツコミッションである「Harris County – Houston Sports Authority:ヒューストンスポーツオーソリティ」(以下、HCHSA)は、1996年4月当時、市内に建設予定であったヒューストン・アストロズの新球場整備を契機として設立に向けた動きが始まり、1997年7月、ハリス郡の政府機関として内国歳入法501(c)(3)に規定される非営利法人として設立された。
HCHSAはハリス郡のスポーツ施設の計画、整備、開発、運営などを主な業務としており、ミニッツメイド・パーク、トヨタ・センター、シェルエナジー・スタジアムを所有し、それぞれ本拠地のプロスポーツチームに貸し出している。こうした保有施設を活用し、世界規模のスポーツイベントの誘致・開催に伴う地域経済の発展・促進、地域住民の生活の質向上をミッションとしている。また、Sports ETAの表彰制度において、2014年、2017年の2度「Sports Commission of the Year」に選定されている。
2022年には17のイベントに携わり、5,790万ドルの経済効果をもたらした。直近で大きな経済効果があった大会が、2023年4月にNRGスタジアムで開催されたNCAA男子のファイナル・フォーである。大会はわずか3日間の開催であったが、2億7,100万ドルという多額の経済効果を生み出したともに、ヒューストンという都市を全米に知らしめる絶好の機会となった。
資金調達
2022年の収入は約2,430万ドルであった。このうち、2,030万ドルが自主的なプログラム(イベント等)からの収入であり、400万ドルが助成金・寄付金である。このほか、「レンタカー税」「宿泊税」「施設利用税」「消費税還付金」といった税による収入が約7,000万ドルあるが、HCHSAは所有しているスタジアムの建設費に関して10億ドル以上の債務を返済しなければならないため、州法によってこのような税収を得ることが可能となっている。特にレンタカー税や宿泊税といった税金はハリス郡外からの訪問者が支払う場合が多いため、地域住民は施設建設費の債務分や維持管理に追加で税金を支払う必要がない(ヒューストン市からの税金が投入されない)という仕組みになっている。このため、HCHSAは施設の債務返済や維持管理を継続していくため、スポーツイベントを積極的に誘致し、郡外からの訪問者を増やすことが重要となる。
職員と採用・教育方法
調査時点で19人のフルタイム職員が在籍している。多くの職員が学士号取得者であり、修士号やMBAを取得している職員も数名いる。
採用方法は大きく、プロジェクト職員とフルタイム職員の2つに分かれる。プロジェクト職員は大規模イベントの開催時に採用する職員で、経験豊富な専門家を採用するケースが多い。例えば、2015年に世界ウエイトリフティング選手権を開催した際は、統括団体に働きかけ、重要となる競技マネージャーをコンサルタントとして契約した。また、直接雇用だけでなく、半年間地元の組織委員会に出向してもらうケースもある。
プロジェクト職員を採用する際のプロセスは、HCHSA内に一次書類審査及び一次面接の担当者がおり、提示する条件を満たしているかを判断する。次にその担当者が電話面接を行い、見た目の印象ではなく単純に会話のみで判断する。また、担当者は採用ポジションについて詳細に説明し、フルタイムのポジションではないことを十分に理解してもらう。担当者が良いと思えばプロジェクトの採用責任者に推薦し、次はパネル面接を行う。面接官は採用責任者と異なる部門からも選出し、合計3名で面接を行う。HCHSAは個々人のコミュニケーションがプロジェクト成功において重要であるという共通認識のもと、必ず複数人で面接官を担うようにしている。また求人内容にもよるが、必要であれば1対1で、昼食をしながら話をする場を設けている。ポジションによっては事業者や外部の権利者との交流も想定されるため、リラックスしながらもプロフェッショナルを保てているかなどを判断する。プロジェクト職員は契約が短期間のため、途中で離脱しないよう採用過程で見極めるようにしている。フルタイム職員を採用する際も同じようなプロセスを経るが、部門長だけでなくCEOやVice Presidentの判断も加味することがある。
採用については少人数の候補者を早急に集め、あまり時間をかけずに進める。プロジェクト職員はおおよそ2~3日で書類を確認し、一次面接は一日、パネル面接は2日間で採用となる。ただ、フルタイム職員はもう少し時間をかけて採用をするケースが多い。

人材への期待
人材に期待することは部署によって異なるが、複数の包括的なトレーニングやリソースを提供している。例えば、政府機関や国際的なビジネスを展開する組織としての注意事項をコンサルタント会社から説明してもらうサイバーセキュリティの初期トレーニングの実施している。特に会計部門はサイバーアタックやフィッシング詐欺の標的となりやすいため、年4~12回程度のトレーニングを受けている。またコロナ禍で始まった試みとして、スポーツコミッションのテキサス州連合を形成し、毎月オンラインでテキサス州特有の状況やガバナンス問題などについて話し合いの場を設けている。
組織体制
部署はHR(Human Resources)、会計(Accounting)、マーケティング(Marketing)、イベント運営管理(Events, Operations, Logistics)、管理(Administration)の5つから構成される。現在のCEOであるJanis Burke氏は、1997年9月にHCHSAが設立されて以来、初の女性最高経営責任者である。Burke氏のリーダーシップのもと、2026FIFAワールドカップ開催都市、2024年カレッジフットボール・プレーオフ・チャンピオンシップ、NCAA男子ファイナル・フォーなど、様々なスポーツイベントを誘致・開催してきた。このような実績を受け、Burke氏はHouston Woman Magazine誌から「ヒューストンで最も影響力のある女性50人」のひとりに選出された。なお、理事会は13人の理事によって構成され、6人は市が、6人は郡が任命する。13人目は理事長として共同で選出する。
ステークホルダーとの関わり
HCHSAは独立した政府機関のため、どこからも管理はされていないが、組織に対する影響力をもつケースはある。例えば、理事13人のうち6人はヒューストン市議会が、6人はハリス郡委員会裁判所が任命し、理事長は両者が任命するため、HCHSAはそれぞれ市と郡の代表が半数によって構成されている。したがって、任命権者が利害の一致する人物を理事にしようとするなどの影響はある。
HCHSAは独立してはいるが政府機関であるため、税金を収入とすることが認められている。もし許されていなければ、他の資金調達方法を見つけなければならず、理事会とは友好的な関係性を築いていく必要がある。現在の理事会はHCHSAの事業に対してとても前向きであり、支援的な役割を担ってくれている。
他の重要なステークホルダーとしてはプロスポーツチームがあげられる。例えばミニッツメイド・パークは建設後30年間ヒューストン・アストロズに貸しているが、他スポーツチームともこうした契約を締結している。
イベント運営
HCHSAが主催しているイベントには、National Battle of Bands(マーチングバンドのイベント)、Houston Sports Awards(ヒューストンのアスリートを表彰するイベント)、Houston Sports Hall of Fame(ヒューストンでキャリアを築いた、あるいは本拠地としたチームのレジェンドをたたえるイベント)などがある。
2022年6月にヒューストンが2026FIFAワールドカップの開催都市のひとつに選ばれたこともHCHSAにとっては重要なポイントである。特にシェルエナジー・スタジアムは、全米最も多くの国際サッカー大会を開催したスタジアムという実績があり、州内の競合となったダラス市との差別化を図った。また、2022年10月にヒューストン・アストロズがMLBのワールドシリーズを優勝したことも大きな出来事であった。試合を観戦した観光客やファンがヒューストン周辺のホテルを埋め尽くし、大きな経済効果を地域に還元することができた。
宿泊税
テキサス州の宿泊税は6%であるが、ヒューストンを含む一部の都市や郡などはそれぞれ最大7%まで、さらにスポーツ施設等でのイベントについては最大2%の宿泊税を追加で課すことができる。例えば、ヒューストンで開催されるスポーツイベントを観戦または参加するために市内に宿泊をした場合は最大で17%(テキサス州6%+ハリス郡2%+ヒューストン市7%+HCHSA2%)の宿泊税を支払う必要がある。また、テキサス州では宿泊税以外にもレンタカー税があり、テキサス州は最大10%である。これにヒューストンでは最大5%を追加で課すことができるため、合計で15%のレンタカー税を支払う必要がある。
2022年の宿泊税とレンタカー税の徴収総額は6,000万ドルを超え、HCHSAにとって設立以来最大の徴収額となった。これは、ヒューストン・アストロズのMLBワールドシリーズ優勝によって、ホテルの宿泊者が大幅に増加したことが要因のひとつとなっている。
今後の事業のあり方
HCHSAはスタジアムやアリーナなどの施設を管理・運営しているが、これを長期的な視点で常に維持していく必要がある。そのためのビジョンや計画に必要な資源は何かを常に問い続け、利用者や地域住民に説明を続けることが求められる。2020年にはヒューストン・アストロズとの交渉の末、施設のリースを2050年まで延長する契約を締結したが、契約期間中、アストロズがミニッツメイド・パークを本拠地とすることに誇りを持てるような施設に更新し続けることが、これからの重要な戦略のひとつである。
また、スポーツコミッションのミッション・ビジョンに忠実であり続けるだけでなく、地域社会のニーズと住民のスポーツによるQOL向上を目指すことも重要である。